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津地方裁判所 昭和52年(ワ)42号 判決 1980年10月20日

原告

西岡正美

被告

豊興運輸倉庫株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金一九一万八五九二円及び内金一七一万八五九二円に対する昭和四九年三月九日から、内金二〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する昭和四九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の事実及び責任

(1) 訴外網中清美は、昭和四九年三月八日午前一一時一〇分ころ、愛知県海部郡弥富町大字稲元字辰己三角五六八番地の三地内名四国道路上を名古屋方面から四日市方面に向けて、原告車両を追尾して自動車を運転していたものであるが、このような場合、自動車運転者としては、車間距離を十分に保持し、前方を十分に注意し自動車を運転すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り漫然と進行した過失により、原告車両が交通渋滞のため停車したことに気づかず、原告車両に追突し、原告に対し、頭部打撲、頸椎捻挫、腰捻挫の傷害を負わせた。

(2) 被告は加害車両を所有し、右訴外網中をして、右車両を自己のため運行の用に供していたものである。

(二)  損害

(1) 休業損害金 二四五万一六二八円

原告は、鈴鹿市国府町七七五四の一所在の株式会社ホンダエクスプレスに勤務するものであるが、本件事故による傷害のため、昭和四九年三月九日から昭和五二年二月末日まで休業を余儀なくされ、左のとおり、得べかりし賃金を喪失した。

<イ> 昭和四九年三月九日から同年九月三〇日まで七か月分、金二二万五三五六円

(算定根拠)

一か月の平均賃金 金一三万〇、一五四円

同年四月よりベースアツプ 金二万九、五九〇円

被告が支払つた休業補償金 八六万三、二六二円

130,154円×7+29,590円×6-863,262円=225,356円

<ロ> 昭和四九年一〇月一日から同五二年二月二八日まで 金二二二万六、二七二円

原告が本件負傷のため喪失した得べかりし賃金の算出にあたつては、労働者災害補償保険法一四条二項、労働者災害補償保険特別支給金支給規則三条二項、労働基準法七六条二項の規定するいわゆる「スライド制」が適用されるべきである。

(算定根拠)

給付基礎日額 金四三三九円

第一回スライド昭和四九年一二月一日 四二%

第二回スライド昭和五一年一〇月一日 八一%

日数昭和四九年一〇月四日~同年一一月三〇日五八日

同年一二月一日~同五一年九月三〇日六七〇日

同年一〇月一日~昭和五二年二月二八日一五一日

よつて、原告の右期間における得べかりし金員は、左のとおりとなる。

4,339円×58+4,339円×670×1.42+4,339×151×1.81=5,565,679円

原告は労災保険より右金員の六〇パーセントに相当する金三三三万九、四〇七円の給付を受けたのでこれを控除する。

5,565,679円-3,339,407円=2,226,272円

<イ>と<ロ>の合計金二四五万一六二八円

(2) 入通院中の慰謝料 金六六万八、〇〇〇円

<イ> 入院中(二日間)の慰謝料金八、〇〇〇円

<ロ> 通院中(昭和五二年二月末日現在実通院日数三二四日通院月数一一か月、一か月六万円相当)金六六万円

<イ>と<ロ>の合計 金六六万八、〇〇〇円

(3) 後遺症損害 金六三二万円

<イ> 逸失利益 金五二八万円

原告は本件不法行為により、外傷性頭頸部症候群の症状が、後遺症として、昭和五二年三月末日頃固定し、右後遺症は後遺障害別等級表の一二級に該当し、その継続期間は四年を下らない。

原告は右後遺症により事故前の運転手の職務に復職できず、同年三月以降ガソリンスタンド勤務をしている。

<ⅰ> 昭和五二年四月から同五四年三月までの逸失利益

昭和五二年五月から同年一二月までの間における運転手をしているかつての同僚との月給の差は少くとも金一四万円であるからこれを基準として二か年分

140,000円×24=3,360,000円

<ⅱ> 昭和五四年四月~同五六年三月までの逸失利益

昭和五四年一月から同年一二月までの右月給差は少くとも金八万円であるからこれを基準として二か年分

80,000円×24=1,920,000円

<ロ> 後遺症に対する慰謝料 金一〇四万円

<イ>と<ロ>の合計 金六三二万円

(4) 弁護士費用 金五〇万円

原告は本訴を提起するに際して、原告代理人らと訴訟委任契約を為し、弁護士費用を支払う旨約したが、そのうち金五〇万円は本件事故と相当因果関係があると考えられるので原告は右同額の損害を被つた。

よつて、原告が被つた損害は合計金九九三万九、六二八円となるところ、そのうち金六〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和四九年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)・(1)の中、事故の事実及び態様については認める。原告の負傷については不知。

同(一)・(2)は認める。

(二)(1)  請求原因(二)・(1)中、原告がホンダエクスプレスに勤務していることは認めるが、その余は否認する。

(2)  請求原因(二)・(2)は不知。

(3)  請求原因(二)・(3)は否認する。中、逸失利益は同僚運転手との給与差額でなく労働能力喪失率を基準として算定さるべきである。

(4)  請求原因(二)・(4)は不知。

三  抗弁

(一)  損益相殺等

原告は、昭和四九年三月九日から同年九月末日までの休業補償費として被告から金八六万三二六二円を受領している。また同年三月については事故日までの七日分、六月については現実に稼働している七日分を原告主張額((二)・1・(イ))から控除すべきである。また同年一〇月四日から、同五二年二月二八日までの給付金金四四五万二五四四円とあわせ右以降同五四年九月三〇日までに休業補償給付及び休業特別支給金として合計金七二四万〇五五〇円の労災給付を受けているが、この分も損益相殺されるべきであり、また同年一〇月以降現在まで毎月金七万五七六四円の給付を受けておりこれも損益相殺されるべきものである。なお右のうち休業特別支給金が損益相殺の対象とならないとすれば、慰謝料算定において斟酌されるべき事情となる。

(二)  過失相殺等

本件事故態様及び原告の受傷程度からみて原告の損害の増大には、原告自身の不養生、心因等が五〇パーセント程度寄与している。

よつて原告の全損害に対し右割合相当の過失相殺又は寄与割合による減額がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否等

(一)  昭和四九年三月に七日間六月に七日間稼働したこと、被告からその主張の休業補償をうけたこと、労災給付として同年一〇月四日から同五二年二月二八日まで金四四五万二五四四円を受領したことは認めるが、右のうち休業特別支給金は直接損害の填補を目的とするものではないから、損益相殺の対象にはならない(なお、右休業特別給付金を除く金三三三万九四〇七円と被告会社からの休業補償金金八六万三二六二円については本訴請求の損害額から控除ずみである。)。

(二)  抗弁二の事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の事実及び責任

(一)  被告が、本件事故の加害車両の所有者であり、訴外網中清美をして右車両を自己のため運行の用に供していたこと、右訴外網中が昭和四九年三月八日午前一一時一〇分ころ、愛知県海部郡弥富町大字稲元字辰己三角五六八番地の三地内名四国道路上を、名古屋方面から四日市方面に向けて、原告車両を追尾して、自動車を運転していたところ、原告車両が交通渋滞のため停車したことに気づかず、原告車両に追突したことは当事者間に争いがない。

(二)  証人吉見博夫の証言及び原告本人尋問(第一回)の結果並びにこれらによつて真正に成立したものと認められる甲第二号証によれば、原告は、右事故により、頭部打僕、頸椎捻挫、腰捻挫等の傷害を負つたことが認められる。

(三)  しかして、被告に自賠法三条ただし書所定の免責事由があることについては、被告において何ら主張立証するところがない(ちなみに原本の存在及び成立に争いのない甲第一四ないし第一六号証、成立に争いのない乙第一号証によれば、本件事故が訴外網中の原告主張のごとき過失に基因するものであることは明らかである。)。

二  損害

(一)  休業損害金一五〇万七、四六四円

成立に争いのない甲第六号証の一ないし二七、第七号証の一ないし三一、原本の存在及び成立に争いのない乙第一二、第一三号証の一によれば以下の事実が認められる。

原告は、本件事故のため、昭和四九年三月八日から同五二年二月二八日まで休業し、原告の事故前三か月の平均給与は、月額金一三万〇、一五四円であり、同四九年四月より金三万一、一七二円のベースアツプがなされ、この間金三三八万八、八〇六円の休業補償給付を受けた。なお原告が被告より、金八六万三、二六二円の休業補償費を受けたこと及び昭和四九年六月中の七日間稼働したことは当事者間に争いがない。

よつて、原告の休業による損害は損益相殺すると左のとおりとなる。

130,154円×24/31+(130,154円+31,172円)×(35-7/30)-3,338,806円-863,262円=1,507,464円(計算途中における円未満切捨)

(なお原告が主張するスライド制は計算根拠として採用できない。けだし右スライド制は、休業補償給付の実質的価値を維持し、社会法の理念に基づき、受給者の生活保障を計るため同種の労働者の平均給与額を基準にとつた給付額の自動的変動を内容とするものであり、その上昇、下降率には経済状勢や労働組合と使用者の労働条件についての交渉など、不確定的要素がからむのみならず、被害者において、その上昇分だけの賃金を現実に取得しうることについては証拠が全くないからである。)。

(二)  入通院中の慰謝料及び後遺症による慰謝料金一五〇万円

(1)  前記甲第二号証、原告本人の供述により真正に成立したと認められる甲第三号証、前記甲第七号証の三一及び証人吉見博夫の証言によれば、原告は本件事故により、前認定の傷害をうけ、昭和四九年三月八日から同月九日まで武内病院に入院し、同月一〇日より同年一〇月二一日まで同病院に通院加療し(入通院実日数一二九日)、同年一〇月二二日より昭和五二年二月二八日まで津医療生活協同組合柳山診療所に通院加療し(通院実日数一九五日)、その入通院実日数は合計三二四日であることが認められる。

(2)  ところで、成立に争いのない乙第四、第五号証、証人吉見博夫の証言及び鑑定嘱託結果によれば、原告の外傷性頭頸部症候群(いわゆる「むち打ち症」)は、いわゆる後遺障害等級一二級に相当すると認められるが、他覚的所見の裏付けに乏しく、その愁訴が真実器質的損傷に起因するものであるのか心因反応による神経症状によるものなのか、その判断は困難であることが認められる。

かようなむち打症の特殊な性質、本件事故の態様及び原告が休業特別支給金の給付を受けていることなど記録にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、入通院中の慰謝料は五〇万円が相当であり、後遺症の慰謝料としては一〇〇万円が相当である。

(三)  後遺症による逸失利益 金八一万三、〇八三円

鑑定嘱託の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告には自動車損害賠償保障法施行令別表等級別後遺障害の第一二級に該当する後遺症が残り、その症状固定は昭和五二年三月、労働能力低下の継続期間は三年と認めることができる。

ところで、後遺症による逸失利益の算定については本件の場合原告主張のごとく、他の同僚運転手との差額をもつて、原告の逸失利益をみなすのは妥当でない。けだし、成立に争いのない甲第九号証の一ないし八、第一〇号証の一の一ないし八、同号証の二の一ないし一二、第一一号証の一の一ないし八、同号証の二の一ないし一二、第一二号証の一の一ないし八、同号証の二の一ないし一二、第一三号証の一の一ないし八、同号証の二の一ないし一二によれば、原告等運転手の賃金体系は、本給の占める比率が低い反面、超過勤務手当や実ハンドル手当の占める比率が高く、個別性が顕著なものであると認められるから、これらを単純に比較することは相当でないからである。したがつて右の点と原告の傷害が前認定のごときいわゆるむち打症であることを考慮すると本件の場合は労働能力喪失説によるべく、前記障害の等級によれば労働能力喪失率は一〇〇分の一四で弁論の全趣旨によればその継続期間は三年とみられるものであるから、前認定の事故前三か月の平均給与金一三万〇、一五四円とベースアツプ分金三万一、一七二円を加算した金一六万一、三二六円を基準として計算すると金八一万三、〇八三円となる。

161,326円×0.14×12×3=813,083円(円未満切捨)

よつて、原告のこうむつた損害は以上の合計三八二万〇、五四七円となる。

(四)  ところで、前記乙第一二号証によれば、原告は昭和五二年三月一日以降同五四年九月三〇日までに休業補償給付及び休業特別支給金として、合計金七二四万〇、五五〇円の労災給付を受けていることが認められるところ、同号証によれば、うち金五四四万〇、七六一円が休業補償給付金であり、金一七九万九、七八九円が休業特別支給金であることが明らかである。(なお原告本人尋問(第二回)の結果によれば、原告は昭和五四年一〇月以降同年一二月まで労災給付を受けていることが認められるが、その額については明らかでない。)。

しかして、労働者災害補償保険特別支給金支給規則に基づいて支給される休業特別支給金は、被災労働者援護事業の一つとして認められたもので、その性質は保険給付ではなく、労働福祉事業として上積みされるものであるから、損益相殺の対象にはならないが、休業補償給付金金五四四万〇、七六一円のうち、さきに控除した金三三三万八、八〇六円(昭和五二年二月二八日までの分)を除く金二一〇万一、九五五円については原告のこうむつた損害と損益相殺すべきこととなる。

なお、被告の過失相殺等の主張は、その前提となる損害増大についての原告の寄与を認むるに足りる的確な証拠もなく採用の限りでない。

そこで前記損害金三八二万〇、五四七円から右の金二一〇万一、九五五円を控除すると金一七一万八、五九二円となる。

三  弁護士費用

原告が、弁護士石坂俊雄他二名に委任して訴訟を遂行してきたことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、審理の経過認容すべき損害賠償額その他弁論の全趣旨及び当裁判所に顕著な三重弁護士会報酬規定に照らすと、弁護士費用のうち二〇万円をもつて本件事故と相当の因果関係ある損害ということができる。

四  よつて、本訴請求は、被告に対し、金一九一万八、五九二円及び内金一七一万八、五九二円に対する本件事故の翌日である昭和四九年三月九日より、内金二〇万円に対する本判決確定の日の翌日(支払期日についての主張立証がないから損害金の起算日はこの日とするのが相当である。)より各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上野精)

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